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CRAFT LETTER | クラフトレター

手間のかかるものを選択肢のひとつに。絹織物の最高級品“結城紬”を未来に紡ぐため大切にしていること

MAR. 24

YUKI,IBARAKI

前略、使えば使うほど味が出て美しくなる“結城紬”の魅力を知り、歴史や文化を紡いでいこうとする職人の想いを知りたいアナタへ

東京から新幹線で約1時間の城下町、茨城県結城市。

今も史跡や寺社が点在し、蔵造りの建物も散在。鎌倉時代から約400年にわたって統治していた結城家がつくりあげた城下町の風情を、今も残すまちです。

歴史情緒あるこのまちには、世界に誇る伝統的工芸品があります。

それが、日本最古の絹織物である“結城紬(ゆうきつむぎ)”。

今回は、茨城県結城市で“結城紬”の職人として本物の“結城紬”の価値を伝えようと活動する外山憂有子氏を取材。高級絹織物として知られる“結城紬”の魅力とは? また技術を継承する人材が不足する中で、“結城紬”とどのように向き合い、人々に価値を届けようとしているのでしょうか。

結城市が誇る、一生ものの着物

“結城紬”は、茨城県結城市や栃木県の鬼怒川流域で生産されている日本最古の最高級絹織物。その歴史は古く、2,000年前に遡ります。“結城紬”の原型は、奈良時代中期に常陸国から朝廷に献上された“絁(あしぎぬ)”という太糸の絹織物といわれており、鎌倉時代になると領主であった結城氏の名をとって“結城紬”と呼ばれるようになりました。見た目に派手さはないものの、丈夫な織物として当時の武士たちに好まれ、次第に全国に知られるようになっ​​ていきました。

“本場結城紬”と“結城紬”と言われるものがあり、“本場結城紬”は“結マーク”の証紙があるものだけが名乗ることができます。機械によって量産が可能な“結城紬”に対し、“本場結城紬”は一切機械を使用せず、職人が時間をかけすべて手で紡ぐことでつくられる希少価値の高い織物です。生地の厚みや柔らかさ、肌触りは機械には生み出せない風合いをつくりだします。

こうして脈々と受け継がれてきた“結城紬”は、技術と文化が評価され、1956年に国の重要無形文化財へ指定、2010年にはユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、世界でも守るべきものとして認められている伝統的工芸品です。

「結城紬は、なんといっても軽くて、あたたかいのが特徴です」(外山氏)

そう話すのは「きもの実験室rico_labo」代表の外山憂有子氏。伝統工芸士として、市内で機織りや和裁の教室などの実施、個人や企業からの受注制作をするほか、企画から糸の染色、デザインなど各工程を一人でこなすオーダーメイド制作も行っています。

外山 憂有子(Yuko Toyama)氏 きもの実験室rico_labo 代表、伝統工芸士 / 茨城県生まれ。2018年、結城市内で「きもの実験室rico_labo」の運営を開始。仲間の職人とともに、結城紬に普段は触れる機会の無い人たちが体感できる着物のイベントや教室などを開催している。
外山 憂有子(Yuko Toyama)氏 「きもの実験室rico_labo」 代表、伝統工芸士 / 茨城県生まれ。2018年、結城市内で「きもの実験室rico_labo」の運営を開始。仲間の職人とともに、“結城紬”に普段は触れる機会の無い人たちが体感できる着物のイベントや教室などを開催している。

そもそも紬とは紬糸で織られる絹織物で、大島紬や塩沢紬、久米島紬など日本には地域性を活かした紬産地があります。紬は産地によって、糸の染色方法や織り方が異なり、“結城紬”は、真綿の手紬糸を使用して、地機(じばた)で織りあげる、全て手作業の紬織物

多くの人に愛される所以は、手紬糸にあります。

“結城紬”に使用する手紬糸は、機械を使わず人の手で一つひとつ繭から引き出して糸にしているとか。まず蚕の繭をお湯で柔らかく広げて、複数重ねながら通気性や保温性のよい“袋真綿”をつくり、その袋を指先に唾をつけて綿を引き出すことで手紬糸が完成。熟練の糸取り人は、無駄なく糸を紡ぎ出すことができるのだそう。

手紬糸は“ボッチ”という単位で数量を表します。真綿袋およそ50枚から重さ約80グラム程度の1ボッチができあがり“結城紬”では一反につき、7〜8ボッチを使用。機械とは異なり短時間で大量につくることはできませんが、ていねいな糸づくりが“本場結城紬”の品質を左右するので、決して手を抜くことができない工程のひとつです。

動力を一切使わずに、人の手だけで糸をつくりあげるので、相当な手間がかかっています。
動力を一切使わずに、人の手だけで糸をつくりあげるので、相当な手間がかかっています。

繭から繊維がそのまま引き出された糸は、撚りがなく一本一本の繊維が分離した状態になっているので、ふわりとした風合いを出すことができます。しかし、そのままでは糸の強度が小さく織りに耐えられずに繊維が抜けてしまうことになるので、小麦粉で糊付けをして織り、仕立てる前に湯通しをすることで、糊を落とし結城紬本来のふわりとした風合いに。

着れば着るほどに、柔らかく手触りもよくなって体に馴染んでいくことから、一生ものの着物として多くの人に愛好されています。

歴史を紡ぐため、正しい情報を届けることを大切に

外山氏が“結城紬”の世界に飛び込むきっかけとなったのは、15年前、“結城紬”の後継者育成研修の募集を偶然知ったことからでした。茨城県筑西市で生まれ育った外山氏は、“結城紬”が地元の伝統的工芸品として知られているということしかわからない程度。「近所にあるし、研修の時間に参加できるからやってみようかな」。そんな軽やかな気持ちで、すぐに参加を決めたといいます。

プラスチックと“結城紬”の分野の技術を学べる「茨城県産業技術イノベーションセンター繊維高分子研究所」で約1年間、“結城紬”について学び、研修後は機屋(はたや)に所属しながら、個人で「rico_labo」を立ち上げて現在の活動に至っています。

研修後に染色など各工程の職人に会いに行き、教えてもらいながら制作工程すべてを一人で行うことができるようになった外山氏は、分業制をとる織物の世界では珍しい伝統工芸士の一人です。

「本来の手法ではないのにな……と思う結城紬も世の中にはあり、歴史や伝統的な手法などの情報があいまいであることに危機感を覚えました」(外山氏)

以前、とあるブランドからの依頼を請けて、糸の染色をブランド側が希望した企業に依頼、染色以降の下ごしらえを担うという新しい挑戦をしました。いつもと違う方法だったからこそ、気づけた危機感だと言います。

「藍染めや草木染めなど染めができる方はいますが、糸をいい状態のまま染色をするのはかなり大変なことなんです。染色後、手紬糸の性質を損なわないよい糸のままでないと、糸が絡んで傷み、織る時に糸が切れてしまうリスクが上がります。そうした点も理解していただけるように伝えていく必要があるなと思いました」(外山氏)

改めて、手紬糸の扱い方の重要性、そしてお客様に伝統的工芸品として正しい情報を伝えることで、より伝統の魅力を理解してもらえるようになると感じたといいます。

手紬糸を地機で織ることが本来の“結城紬”。地機は、経糸(たていと)の端を織り手の腰に巻きつけて、自分の体で経糸の張りや力の加減を調整するような仕組みになっています。手紬糸は糊付けによって固められていますが、撚りがないことで他の糸と異なり切れやすいため、微調整をしながら織れる地機を活用しています。

「手紬糸で地機で織るというのが大事なこと」と話す外山氏。普段は自宅にある地機で織っているのだそう。
「手紬糸で地機で織るというのが大事なこと」と話す外山氏。普段は自宅にある地機で織っているのだそう。

現実には異なる織機で織られたものが“結城紬”として市場に出ていたり、素材、染め、道具、手法に至るまで伝統的工芸品として正しい情報が伝わっていないこともあったり……歯がゆい思いになることもあったといいます。

「何を選ぶかは個人の自由です。しかし、歴史や文化を紡ぐうえで結城紬について正しい情報が伝わり、選択されるようになってほしい」(外山氏)

そんな思いから「rico_labo」を立ち上げ、教室を開催したり、SNSなどを通して発信し続けています。

「誰にでもできることではないからこそ、産地が残っていくと私は思っています」。“結城紬”のつくり手として、先人たちから脈々と受け継がれてきた素材、道具、手法について基本に忠実につくることで、正しい情報を伝えようと試行錯誤を続けます。

選択肢のひとつとしてあり続けたい

現在、「rico_labo」を構えて3年目となり、地機織り教室などを3人の講師で運営をしています。教室はすべて1対1で行い、参加者のペースで月1回から受講できる初心者コースから週1、2回程度の技術習得が難しい地機織り教室などスタイルはさまざま。さらに、オーダーメイド受注も行うなど、着物に触れる機会をつくり出しています。

“結城紬”は決して安価な織物ではありませんが、気軽に触れたり、試着することができる「rico_labo」という場があることは、一人ひとりの着るものの選択肢が広がることにつながると考えているからこその活動です。

オーダーは、自分のお気に入りのワンピースと同じ柄のデザインでつくってほしいという要望や、漫才師が着用していそうなスーツの柄というお題をもらっての制作といったものまで、さまざま。

「布を持参する方もいれば、イメージする柄の端切れをたくさん持ってくる方、完全お任せという方などそれぞれですね。手間はかかりますよ。でも、自分の1枚が欲しいという方が着物を楽しめるように、一つひとつを大切につくるようにしています」(外山氏)

右側はお客様が持参したワンピースの生地の一部、左側は外山氏が織り上げた結城紬。色も柄も再現性が高く仕上がっています。
右側はお客様が持参したワンピースの生地の一部、左側は外山氏が織り上げた“結城紬”。色も柄も再現性が高く仕上がっています。

現代は、着物をどこか非日常のものと捉えている人も少なくないでしょう。まして“結城紬”は、最高級絹織物で高額。着物に対するハードルの高さを外山氏自身も感じています。それでも、現代はお手入れのしやすさやデザイン、色味など昔にはないパンチのある商品が展開されたり、洋服と和服をミックスさせて着こなす人もいたりと、昔にはなかった楽しみ方が生まれています。

「結城紬も誰かに受け継ぐことを考えるよりも、自分が楽しむために着る、ということで選択してみるのが楽しいのでは」(外山氏)

という思いでお客様自身に楽しんでもらえることを意識して接客にあたっています。

オーダーメイドのお客様に色味を説明するときには“初音ミク(※)色”、“コアラ色”と独特な表現をしながら提案したり、オレンジ色なら数種類のオレンジ色をサンプルとして出したり、きめ細やかな色使いを得意とする外山氏ならではのアプローチで、お客様一人ひとりの思いに寄り添って、かたちにしています。

(※初音ミク:バーチャルアイドル歌手)

無地をつくる際は、1色ではなく3色程度の色を組み合わせることで色に奥行きを出し、1色のように見せるのだとか。1色を表現するのに複数色を使うという技術の高さに驚きます。
無地をつくる際は、1色ではなく3色程度の色を組み合わせることで色に奥行きを出し、1色のように見せるのだとか。1色を表現するのに複数色を使うという技術の高さに驚きます。

「作家か職人かと聞かれたら、私は人の思いを形にする職人。オーダーを受けて自由にやるのは、ある意味、業界のタブーかもしれません。でも『出過ぎた杭は打たれない』という名言もあるし(笑)」(外山氏)

「生産者が年々減少して産業として厳しくても、機織りの技術がこの地にあるし、趣味関心を持って教室に通ってくださる人がいる。好きなものを着るための手助けとして、これからも続けていけたらいいなと思っています」(外山氏)

伝統を守らなければという気負いよりも、まずは自らが着物を楽しむこと。そして、これからも“結城紬”の産地である結城市で、“結城紬”が人々の好きなものを着る選択肢のひとつとしていられるよう、一つひとつの活動を大切に未来を紡いでいく伝統工芸士の姿がここにはありました。

“結城紬”の伝統技術を直接肌で感じたいと思ったアナタへ。

CRAFT LETTERでは、茨城・“結城紬”の産地にある工房で、あなたのためだけの時間を「rico_labo」の職人さんに作ってもらうことができます。考え方や技法に触れ、ただ直接話すもよし、オリジナルの商品を相談することも可能な職人さんに出逢う旅に出てみませんか?

まずは、以下フォームよりお気軽にご相談・お問合せください。

筆者:草野 明日香(ASUKA KUSANO)、編集:高山 奈々(NANA TAKAYAMA)

編集後記

技術の進歩が便利なものの大量生産を可能にしたことで、つくり手が担ってきた一部は機械化されている現状があります。伝統産業を継続することの難しさを改めて知るとともに、多様な価値観を受け入れながら、伝統ということに気負うことなく「私だからできること」として等身大で勝負している姿が印象的でした。

 

Editor's Note

編集後記

茨城県結城市は、人口約4万9,000人(令和4年1月時点)、関東平野のほぼ中央,茨城県西北端の県境に位置し,茨城県の西の玄関口となっています。市域の北端の市街地に中世城下町の原形をとどめる数少ない街です。
結城市は,上古(奈良・天平)から総(ふさ=総は麻の転)や穀(ゆう=木綿)の産地として総の国(ふさのくに)「ゆうき」と呼ばれ,縄文時代から農業が発達し,農耕文化が栄えてきました。これは,水運の便とあいまって地理的にも経済的にも開けたためであり,市内に現存する数多くの古墳や出土品,遺跡等によってその歴史を知ることができます。
その後、鎌倉時代に結城朝光が築城し,以来結城家歴代の城下町で,常陸紬(結城紬)の特産地として発展、江戸時代には結城水野家の城下町となり,結城紬をはじめ各種農産物の集散地として商圏が拡大した。結城市で織られる「結城紬」は、「地機(じばた)」という我が国最古の織機を使っています。JR結城駅で降車すると、駅校内にも結城紬の伝統柄が使用されているのでぜひ探してみてください。(CRAFT LETTER編集長:岡本幸樹)

ぜひ、茨城県結城市へ遊びに来てください!

ぜひ、茨城県結城市へ遊びに来てください!

ぜひ、茨城県結城市へ遊びに来てください!