KAMISHIHORO, HOKKAIDO
北海道上士幌町
北海道土産の定番といわれて、アナタは何を思い浮かべるでしょうか?
チョコレート、バターや牛乳を使ったお菓子、海産物…などなど。食が豊かな北海道ですが、そんな中でも忘れてほしくないのが “木彫り熊” 。
“木彫り熊” と聞くと、ついつい「鮭をくわえた野性味あふれる熊の彫刻」を想像し、おばあちゃんの家にはあった!なんて思われる方もいるかもしれませんが、実は、“木彫り熊”の中にはいろんな表情、動きをしているものがたくさんあるんです。
今回は、そんな“木彫り熊”職人の技術に惚れ込み、より多くの方にその魅力を知ってもらおうと“デザイン”の力で奮闘する移住者夫婦の活動と想いに迫りました。
4年前の2016年、当時暮らしていた東京から家族で移住し、2年前に夫婦で起業した瀬野夫妻。十勝エリアを中心に、様々なデザインを手がける「ワンズプロダクツ」を立ち上げたという。
「お互い東京で働いていたんですが、主人のおばあちゃんが北海道に暮らしていて、主人は小さい頃から北海道の広い土地に憧れがあったようで、いつかは北海道で暮らせたらいいという話も聞いていました。子どもが生まれたことをきっかけに、気軽に家の前を走らせられるような環境で暮らせたらと、思い切って北海道に引っ越してきました」(祥子氏)
東京に暮らしていた時は、お二人ともアパレル業界で、ご主人はブランドの生産管理、奥さんは服のデザインをしていたという瀬野夫妻。今は「ワンズプロダクツ」として、それぞれの得意分野を活かしながら街のデザインを手がけているという。
「私は基本的に手書きで書くので、それを主人がデータで取り込んでくれて、チラシや看板、商品パッケージのデザインを手がけています」(祥子氏)
かみしほろシェアOFFICEだけに限らず、道の駅や商品パッケージなど、至るところに「ワンズプロダクツ」のデザインを目にする中、瀬野夫妻がデザインをする上で大切にしていることを教えてくれた。
「十勝エリアにはデザインの会社が選べるほどあるわけはありませんし、札幌や東京の会社に発注している方も多いからこそ、私たちは直接依頼者に “会いに行く” ことを大切にしています。たとえば、私たちは農家さんとのお仕事が多いんですが、実際に畑をみて、いろんなことを聞いて、食べて、感じて、それらを伝えられるようにと意識してデザインしています」(祥子氏)
「パッケージを工夫することも大切ですが、売り方も大事だと思っています。パッケージを変えてよかった、注文が来るようになったと言われたら嬉しいですし、そういう仕事ができないとこの仕事は意味がないと思っているので、まだまだ未熟ですが、常に大切に考えています」(航氏)
商品をただ納品して終わりではなく、継続した繋がりや、商品をお客さんが手に取るところまで想像しながらデザインを手がけているという瀬野夫妻。こののち、とあるお店で“木彫り熊”と出会い、夫婦のさらなる挑戦がはじまる。
「ぬかびら源泉郷にある大和みやげ店に初めてお伺いした時、昔に彫られた熊が無造作にカゴに入れられてたくさん積まれている姿に目が留まりました。木彫りの熊は、そのままの状態で販売されているものもありますが、黒く塗られたものもあるんです。そこに積まれていた熊は、塗られる予定だったものなんですが、職人であるお父さんがご病気になってしまって、無垢のまま置いてあったんです」(祥子氏)
「僕たちにとっては、その無垢のままの熊がとても新鮮で魅力的にうつり、この熊を使ってワークショップをしたいと大和みやげ店さんにお願いしました」(航氏)
“木彫り熊”に自由に好きな色を塗る“ペイントワークショップ”を開催した瀬野夫妻。一つ一つ手作業で彫られている熊は、それぞれ表情が違い、さらにそれぞれ個性豊かに塗られた木彫りの熊は、地域の方からもInstagramで大きな反響を呼んだ。
時には、ペイントワークショップを開催するだけでなく、コミュニケーションのデザインまで行うこともあるそう。
「士幌町で行った婚活イベントのコンテンツづくりをやったこともあります。仲良くなれるワークショップを開催してほしいというオーダーをいただいて、初めて会う男女がどうしたら仲良くなれるかを主人と必死で考えました(笑)。最初の10分で木彫りの熊に色を塗ってもらい、ペアの人と交換して、さらに塗りあげていってもらうのはどうだろうと、ふたりでたくさん実践もしました」(祥子氏)
ワークショップのほかにも、すでに色が着色された既存の“木彫り熊”に缶バッチをつけ、箱のパッケージをリニューアルした商品を販売。こちらもすぐに完売し、大きな反響を呼んでいる。
「僕らは初めて大和みやげ店さんにいった時、この木彫りの熊たちを見てとても感動したんです。このちょこんとした小ささが可愛いじゃないですか。これをただ単純に箱に詰めて売るのではなく、もう少し違う見せ方ができたら、より多くの方に知ってもらえるんじゃないかと思って、大和みやげ店さんにお願いをして、缶バッチと箱のパッケージをデザインしました」(航氏)
「商品の販売やワークショップをやる時には、大和みやげ店さんのショップカードも一緒に並べるようにしていて、実際にショップカードを手にとってくれたり、持って帰ってくださる方もいるので、そういう形で私たちが大好きな大和みやげ店さんのことを知ってもらえるのが嬉しいです」(祥子氏)
「ワンズプロダクツ」として普段行なっているのは、チラシやポスター、ロゴなどのいわゆるグラフィックデザインと呼ばれる分野。“木彫りの熊”のペイントワークショップやイベントの企画は珍しく、瀬野夫妻としても“木彫りの熊”が初挑戦だったという。ここまで瀬野夫妻が“木彫りの熊”に惚れ込む理由はいったいなんなのだろうか。
「私たちが上士幌町に引っ越してきたばかりの時、主人は林業の仕事をしていたんですが、その時職場で大変お世話になったのが、大和みやげ店で昔、木彫りの熊を彫っていた職人さん(以下、彼)でした」(祥子氏)
瀬野夫妻が出会った彼は、“木彫り熊”のブームが落ち着いた時期をきっかけに、林業を行う傍、休みの日には“木彫りの熊”を彫り続けていたという。
「彼がつくる木彫りの熊は可愛くて愛らしいことはもちろん、とても技術が高くて、木の中が白くて外が濃い色を生かして作品をつくっているんです」と、嬉しそうに彼の作品を見せてくれる瀬野夫妻。彼への尊敬と、同時に感じている現状の “もどかしさ” を話してくれた。
「彼の作品は特定のお店でしか販売しないと約束しているんです。そんな付き合いを大事にする彼を心から尊敬していますが、一方でもっとたくさんの方にこの木彫りの熊をみてほしいという気持ちもあって。彼は15歳の頃から、周りの職人さんたちが辞めていって、まちの中でたった一人の職人になった今でも、彫り続けていて、すごく仕事に誇りを持たれているんです。でもその一方で、すごく謙虚な方でもあるので、自分の仕事は大したことないとも言われていて…」(祥子氏)
「僕たちがどれだけ彼の技術がすごいと伝えても、全然相手にしてもらえないので、彼自身が誇れることのような、自分の技術を理解してもらえるようなことを何かできないかと模索しています」(航氏)
常に楽しそうに、誇らしそうに、でもどこかもどかしそうに彼の話をする瀬野夫妻。“木彫りの熊”職人がつくる歴史と伝統が育んだ技術と、現代の視点を融合させ、次世代にその魅力を伝える瀬野夫妻の中心には、一人の職人さんへの尊敬と、誰よりも自分たちが好きで、広めたいという真っ直ぐな想いがあった。
“木彫り職人”の伝統的な技術と瀬野氏のワークショップを直接肌で感じたいと思ったアナタへ。
CRAFT LETTERでは、北海道・上士幌の“木彫り熊”産地で、あなたのためだけの時間を瀬野氏に作ってもらうことができます。
なお、現在木彫り熊の職人の体調が良くないため、
まずは、以下フォームよりお気軽にご相談・お問合せください。
ライター:高山 奈々
上士幌町に訪れると、建物の中や外の看板など、あらゆるところに可愛いイラストが。役場の職員さんにお伺いすると「瀬野夫妻がつくられたものですよ」と、満面の笑みで、とても自慢気に答えてくださる姿が印象的でした。作品やワークショップなどの企画力もさることながら、瀬野夫妻の真っ直ぐな人柄そのものに魅了される人が多いのだと、体感する取材でした。
Editor's Note
上士幌町は北海道十勝地方の北部、日本一広い国立公園である大雪山国立公園の東山麓に位置し、町内の約76%が森林地帯と自然豊かな人口約5,000人の町です。土地の木々を活用したものづくり文化は、熊の一刀彫りというかたちで数名の職人さんによって残っていますが、現代のお土産品としての販売は年々減少しています。手による木彫りの技術や、地域の森林資源を活用した新たな商品開発と販路開拓の支援が必要です。
また、上士幌町は企業版ふるさと納税を積極的に取り組んでいるため、企業様のご支援も柔軟に対応が可能な産地のひとつです。
(CRAFT LETTER編集長:岡本幸樹)